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函館地方裁判所 昭和32年(ワ)211号 判決

原告(反訴被告) 川原松次郎

被告(反訴原告) 丸大商事株式会社

主文

原告(反訴被告、以下、原告という。)の本訴請求を棄却する。

本件につき、当裁判所がなした昭和三十一年十月二十日付各強制執行停止決定(昭和三十一年(モ)第五八七号および昭和三十一年(モ)第五八八号)は、いずれもこれを取消す。

この判決は、前項に限り仮りに執行することができる。

原告が昭和三十一年十月九日訴外有限会社昭和木工家具製作所との間に別紙目録〈省略〉(一)記載の物件につき、訴外中山鉄雄との間に別紙目録(二)記載の物件につき、それぞれ函館地方法務局所属公証人渡辺礼之助作成昭和三十一年第二千七百五十一号、代物弁済等契約公正証書に基き締結した代物弁済契約は、これを取消す。

訴訟費用は、本訴および反訴ともに全部原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、本訴につき、「被告(反訴原告、以下被告という。)が訴外有限会社昭和木工家具製作所および訴外中山鉄雄に対する函館地方法務局所属公証人渡辺礼之助作成昭和三十一年第二七六九号公正証書の執行力ある正本に基き昭和三十一年十月十三日別紙目録(一)(二)記載の物件に対しなした強制執行はこれを許さない。訴訟費用は被告の負担とする。」旨の判決、反訴請求に対し「被告の反訴請求を棄却する」旨の判決を求め、本訴の請求原因として、「(一)被告は、訴外有限会社昭和木工家具製作所および訴外中山鉄雄に対する函館地方法務局所属公証人渡辺礼之助作成昭和三十一年第二七六九号公正証書の執行力ある正本に基き、昭和三十一年十月十三日右訴外人有限会社昭和木工家具製作所方に臨み、別紙目録(一)記載の物件を差押照査手続によつたほか、二十点を、訴外中山鉄雄方に臨み、別紙目録(二)記載の物件を差押照査手続によつたほか、二十点をそれぞれ差押えた。(二)しかしながら、右差押にかかる別紙目録(一)(二)記載の物件は、原告の所有に帰属するものである。すなわち、原告は、昭和三十一年七月十四日、右訴外有限会社昭和木工家具製作所および訴外中山鉄雄に対し函館地方法務局所属公証人渡辺礼之助作成昭和三十一年第壱千八百参拾参号信託的譲渡担保付金銭消費貸借契約公正証書に基き、右訴外人等の連帯責任のもとに、金十二万円を、弁済期限同年同月三十一日、金十一万円を弁済期限同年八月二十七日、遅延損害金各年三割六分として貸与したが、右訴外人等は右各債務の履行を遅滞したので、原告は、同年十月八日、右公正証書の執行力ある正本に基き函館地方裁判所々属執行吏小坂次郎に委任して右訴外有限会社昭和木工家具製作所の所有にかかる別紙目録(一)記載の物件および右訴外中山鉄雄の所有にかかる別紙目録(二)記載の物件を差押えた。ところで、右訴外人等は、同月九日、原告に対する前記金十一万円の債務につき代物弁済として右差押にかかる別紙目録(一)(二)記載の物件の所有権を原告に移転するとともに占有改定の方法によりその引渡を了した。仮りに、右差押物件につき占有改定による引渡ができないとしても、差押債権者たる原告は、同月十三日午前八時頃右執行吏小坂次郎に対し右強制執行処分取消の申立書を提出した強制執行を解除するとともに右差押物件の引渡を受けたものであつて、被告の前記差押照査手続は、それより約三十分後である八時三十分頃に行われたものであるから、いずれにせよ原告は、前記差押物件に対する所有権をもつて差押債権者たる被告に対抗しうる筋合である。しかして、原告は、右訴外人等に対して右差押物件を、期間同日以降昭和三十一年十二月末日までと定めて即時使用貸借契約に基き無償で使用を許した。以上のしだいで、別紙目録(一)(二)記載の物件は原告の所有に帰属するものであるから、右訴外人等の被告に対する債務のため前記差押照査手続を受けるいわれがないので右強制執行の排除を求めるため本訴請求に及んだ。」と述べ、

被告の反訴請求原因に対する答弁として「被告主張の反訴請求原因事実中、(一)の点は知らない。(二)のうち『右事実を知悉しながら』とある点を否認し、その余の点は認める。(三)の点は否認する。」と述べ、

立証として、甲第一号証、第二号証の一、二、第三ないし第五号証を提出し、乙第二、三号証および第五号証の成立は知らない、

その余の乙号各証の成立は認める、と述べた。

被告訴訟代理人は、本訴につき「原告の請求を棄却する。」旨の判決、反訴として主文第四項同旨ならびに反訴費用は原告の負担とする旨の判決を求め、本訴の答弁として「原告主張の請求原因事実中、(一)の点は認める。(二)のうち、原告が、その主張の日、その主張にかかる債務名義に基き訴外有限会社昭和木工家具製作所所有の別紙目録(一)記載の物件および訴外中山鉄雄所有の別紙目録(二)記載の物件を差押えたことは認めるが、原告が別紙目録(一)(二)記載の物件を所有すること、また、原告が右訴外人等に対しその主張のような債権を有していたこと、右訴外人等が、同月九日、原告に対する前記金十一万円の債務につき代物弁済として右差押にかかる別紙目録(一)(二)記載の物件の所有権を原告に移転するとともに占有改定の方法によりその引渡をしたとの点、仮りにそうでなくても原告が右強制執行処分の申立とともに右物件の引渡を受けたとの点は、いずれも否認する。原告が右訴外人等に対して右差押物件をその主張にかかる期間使用貸借契約により無償で使用を許したとの点は知らない。」と述べ、

反訴の請求原因として、

「(一)訴外有限会社昭和木工家具製作所および中山鉄雄は、昭和三十一年十月初旬現在、被告に対し金十七万円余の貸金債務を負担しているほか他にも金三百万円余の債務を負担し、破産状態に陥り、別紙目録(一)(二)記載の動産以外には差押える財産もない無資産者であつた。(二)しかるところ、原告は、右事実を知悉しながら、同月九日右債務者有限会社昭和木工家具製作所との間に別紙目録(一)記載の物件につき、右債務者中山鉄雄との間に別紙目録(二)記載の物件につき、同訴外人等に対する貸金債権のうち金十一万円の代物弁済としてそれぞれその所有権を取得する旨の契約を締結した。(三)しかしながら、右法律行為は、被告等多数の債権者を害する意図のもとになされた詐害行為であるから、原告は、その取消を求めるため本件反訴請求に及んだ。」と述べ、

立証として、乙第一ないし第九号証を提出し、被告代表者本人尋問の結果を援用し、甲第二号証の一、二の成立は知らない、その余の甲号各証の成立は認める、と述べた。

理由

第一、本訴請求について。

原告主張にかかる本訴請求原因事実中、(一)の点は、当事者間に争いのないところである。

原告主張の本件差押物件の所有権移転について検討するのに、いずれも成立に争いのない甲第一号証、第四、五号証、その方式および趣旨により真正に成立したものと推定される甲第三号証に、弁論の全趣旨を合せ考えれば、原告は、訴外有限会社昭和木工家具製作所に対し、昭和三十一年六月十二日、金十二万円を弁済期同年七月三十一日、同年七月二日金十一万円を弁済期同年八月二十七日、遅延損害金年三割六分として貸与し、訴外中山鉄雄との間に右債務の保証契約を結び、同年七月十四日、函館地方法務局所属公証人渡辺礼之助に嘱託して右訴外人等を主たる債務者および保証人として、昭和三十一年第壱千八百参拾参号信託的譲渡担保付金銭消費貸借契約証書を作成したこと、原告は、同年十月八日右公正証書の執行力ある正本に基き訴外有限会社昭和木工家具製作所所有の別紙目録(一)記載の物件および訴外中山鉄雄所有の別紙目録(二)記載の物件を差押えたのであるが(右差押の事実は当事者間に争いのないところである。)、その翌九日、右訴外人等は、原告に対する前記金十一万円の債務につき代物弁済として右差押にかかる別紙目録(一)(二)記載の物件の所有権を原告に移転したことを認めることができ、他に右認定を覆えすに足りる証拠はない(なお、前記物件の所有権移転は、本件差押による処分禁止の効力の存続する間に行われたものであるが、元来差押の処分禁止の効力は、単に差押債権者に対する関係において差押物件の所有権移転をもつて対抗しえないという、いわば相対的効力をいうのであるから、右認定のごとく差押当事者間における当該差押物件の所有権移転は有効になされうるものと解するのが相当である。)

ところで、原告は、右差押物件の引渡を受けて対抗要件を具備した旨を主張するので、この点について検討する。

前掲甲第一号証によれば、本件差押物件の代物弁済契約等に関する昭和三十一年第弐七五壱号公正証書正本(前同号証)の第二条に、「債務者及び保証人はそれぞれ代物弁済の目的たる物件の所有権を債務者に移転しおよび占有改定の方法により引渡した。」と記載されていることを認めることができる。

そこで、まず、執行吏が動産の差押をした場合における当該差押物件の占有関係について考察するのに、執行吏の占有は公法上の占有であつて私法上の占有はなお差押債務者に存するとする見解もないではないが、占有それ自体に即してみれば、執行吏の占有といえども、民法の占有に関する諸規定の適用を受けるべきいわゆる私法上の占有とみるのを相当と解する。しかして、差押債務者は、当該差押物件につき代理人による占有を取得する関係に立ち、執行吏がこれを差押債務者の保管に委ねるときにも、当該差押債務者は独立の占有者ということはできず、単に当該執行吏の占有機関たるにすぎないものと解すべきである。かような見解に立脚して本件差押物件の引渡方法について考えるに、前記認定の公正証書の記載によれば「占有改定の方法により引渡した」というのであるが、民法第百八十三条の規定による占有改定は、ほんらい動産の譲渡人がその自主占有を有することを前提とするのであり、右のごとく執行吏による代理占有関係には右規定の適用がないものと解すべく、当該差押物件の引渡方法として考えうるのは、民法第百八十四条の規定による指図による占有移転の方法による引渡のみである。従つて、前記占有改定の方法による本件差押物件の引渡は、その効力を生じないものというのほかなく、また、本件においては、右訴外人等が本件差押物件につき指図による占有移転の方法を講じたとみるべき証拠は一も存しない。なお、原告は、昭和三十年十月十三日被告の差押照査手続開始の約三十分前である同日午前八時頃、執行吏小坂次郎に対して執行処分取消の申立書を提出して当該執行を解除するとともに別紙目録(一)(二)記載の物件の引渡を受けた旨主張するのであるが、差押の効力は、執行吏の封印を破棄する等の事実行為の実施をまつて消滅し、同時に差押物件の直接占有は債務者に移されるものとみるのが相当であつて、原告主張のごとき日時に執行処分取消の申立書を執行吏に提出したとしても、執行吏の右のごとき事実行為のない以上、前記と同理によつて指図による占有移転の方法による引渡によるのほかはなく、当時かかる引渡方法を講じたとみるべき証拠はない。

従つて、原告は、本件差押物件につき差押債権者である被告に対抗しうる所有権者ということはできないから、原告の本訴請求は失当として棄却すべきである。

第二、反訴請求について。

差押債務者である訴外有限会社昭和木工家具製作所および中山鉄雄が、原告主張の日時、別紙目録(一)(二)記載の本件差押物件につきそれぞれその所有にかかる分を原告に対し債務の代物弁済として所有権の移転をしたことは、前掲第一において認定したとおりである。

ところで、いずれも成立につき争いのない甲第四、五号証、乙第一、第四、第六ないし第九号証および被告代表者本人尋問の結果を考え合せれば、つぎのとおり認めることができる。すなわち、右訴外有限会社昭和木工家具製作所および中山鉄雄は、前記のごとく本件差押物件を代物弁済として原告にその所有権を移転する当時において、原、被告に対する分を含めて他に約三百万円以上にのぼる債務を負担していたのに対し、その引当となるべき財産としては、有限会社昭和木工家具製作所については別紙物件目録(一)記載の物件、中山鉄雄については別紙物件目録(二)記載の物件ぐらいのものであつて、他にこれというべき資産もなかつたところ、右訴外人等は、これらの物件を右債務のため強制執行を受け競売されるような事態に立到れば、訴外人等の営業もたちまち潰滅してしまう虞があるところから、訴外坂口徹太郎と協議した結果、一時強制執行を免れる意図のもとに原告に対し本件差押物件を代物弁済に供したものである。以上の事実を窺知することができ、他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。右認定事実に徴すれば、右訴外人等は、本件差押物件の代物弁済が他の一般債権者の権利を害するに至るべきことを知りつつなした詐害行為とみるのが相当であり、また、受益者である原告の善意を立証するなんらの資料もない。

よつて、被告の反訴請求は正当であるからこれを認容すべきである。

以上のしだいで、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、強制執行停止決定の取消につき同法第五百四十九条第四項、第五百四十八条第一項、仮執行の宣言につき同条第二項を各適用して主文のとおり判決した。

(裁判官 井口源一郎)

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